長母趾屈筋の機能解剖

長母趾屈筋の基礎知識

腓骨側から距骨後面を通り、母趾末節骨底へ向かっています。この距骨後面というのがミソで後の話でもフォーカスする部分ですので、もう少し深ぼってみていきます。

 

このように距骨後面の内側突起と外側突起の間を走行しています。この部分ではすでに筋腹はなく、腱になっています。

 

そして、距骨後面を通過した長母趾屈筋腱は載距突起の下方を通り、母趾末節骨底へ向かっていきます。触診時には載距突起をランドマークとすると触りやすいかと思います。載距突起が滑車の役割を果たし、見事に足底へと方向転換してくれているわけです。稀に載距突起骨折の症例がいますが、合わせて長母趾屈筋腱の障害を併発しやすいです。

また長母趾屈筋は足趾に停止する筋ではあるものの、内側縦アーチの支持にも微力ながら役立っています。

長母趾屈筋と周囲組織との連結

これだけ多くの組織と連結しているため、長母趾屈筋あるいは連結している組織が不動状態に陥ると、お互いが癒着する可能性があります。ですので、下肢骨折でギプス固定が強いられている期間には足趾屈曲運動が重要なわけです。

またあまりフォーカスはあたっていないかもしれませんが、長母趾屈筋と短腓骨筋は密接に関わっています。端的に言うと、長母趾屈筋の状態が短腓骨筋にも反映される可能性があります(逆も然り)。作用としてはほとんど拮抗している両筋で、どちらかを抑制して、どちらかを促通したいという場面もあるかと思います。こういう連結を知っておくと、足部回内の動きにより短腓骨筋を促通することによって、相反抑制的に長母趾屈筋が弛緩し、さらには筋膜を介して自己抑制も作用しているかも?といったアイデアが浮かぶかもしれません。

足根管の配列

足根管とは屈筋支帯と内果、距骨、踵骨によって形成されたトンネルのことです。

足根管内には多くの組織が走行しており、内果側から順に、後脛骨筋腱・長趾屈筋腱・後脛骨動静脈・脛骨神経・長母趾屈筋腱が通っています。

この足部内側部は下腿部や足底のように長母趾屈筋を表層から覆うものが少なく、触診しやすい部位になります。そのため、ここでの触れ方はマスターしておいたほうが良いです。

このように後脛骨動脈をランドマークとして内果側に後脛骨筋腱、長趾屈筋腱、踵骨側に長母趾屈筋腱があります。後脛骨動脈さえ見つけられれば比較的簡単に触れますので、あとは練習あるのみです。

背屈制限との関わり

上述したように長母趾屈筋は距骨後面を走行します。一般的に足関節が背屈する際は距骨が後方移動しますが、長母趾屈筋の伸張性低下や周囲組織との癒着があると、この動きが阻害されます。

一応これが長母趾屈筋と背屈制限との関わりなのですが、もう少し背屈時の動態を深堀ります。

これまた上述しましたが、距骨後面を通るのは、長母趾屈筋"腱"です。ただし、これは足関節中間位の話です。実は背屈時には長母趾屈筋自体が遠位に引き伸ばされ、腱ではなく、筋腹が距骨後面に位置しています⇓

この動きが物凄く重要で、仮に遠位に引き伸ばされなければ、距骨の後方移動を腱で制動することになります。しかし、一般的に腱は伸張性が乏しいため、痛みを惹起してしまい、その痛みを回避し続けた結果、背屈制限が完成されてしまうこともあるかと思います。余裕をもちながら受け入れてくれる筋腹に比べ、腱はぶつかるというイメージが分かりやすいかと思います。

このように背屈時の距骨後方移動を筋腹で制動できるように、長母趾屈筋は十分な伸張性を確保しておく必要があります。

停止部のバリエーション

数々の書籍にて、長母趾屈筋の停止部は母趾末節骨底だと記されています。しかし、実はこれにはバリエーションがあります⇓

このように全趾に停止している可能性があります。なんなら母趾のみに停止している人はいないに等しいと考えられます。

このように書かれたものもあり、この第1〜3趾の屈曲運動にて長母趾屈筋と長趾屈筋を鑑別するというのはまさにこういった停止部のバリエーションを考慮したものなのかなと考えています。

また長母趾屈筋と長趾屈筋がほとんどのケースで交差しているとも言われており、"交叉枝"と呼ばれているようです。停止部のバリエーションがあるというよりも長母趾屈筋と長趾屈筋が交差しているといったほうがしっくりくるかもしれません。

ですので、母趾を操作する際は、必ずしも長母趾屈筋のみを操作できているわけではない、というより、ほとんど不可能に近いので、極力単体で動かしたい場合は、長趾屈筋の影響をいかに排除しながら操作できるかを考えましょう。先程お示しした、長趾屈筋と長母趾屈筋の鑑別と上述した足根管部での触診などを合わせて、臨床で活用してみて下さい。

参考書籍

・北村清一郎,馬場麻人(監修) 工藤慎太郎(編集). 運動療法 その前に!運動器の臨床解剖アトラス,医学書院,2021.
・林典雄 et al. 運動器疾患の機能解剖学に基づく評価と解釈 下肢編,運動と医学の出版社,2018.
・青木隆明(監修) 林典雄(執筆) . 改定第2版 運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹,メジカルビュー社,2012.
・工藤慎太郎.機能解剖と触診,羊土社,2019.
・河上敬介 et al.改訂第2版 骨格筋の形と触察法,大峰閣,2019.
・片寄正樹.足関節理学療法マネジメント,メジカルビュー社,2018.
・赤羽根良和.足部・足関節痛のリハビリテーション,羊土社,2020.