腸腰筋の機能解剖

基礎解剖

腸腰筋は腸骨筋と大腰筋(小腰筋)から構成されています。

腸骨筋は腸骨窩から、大腰筋はT12〜L5の各椎体と腰椎肋骨突起から起始し、停止は両筋ともに小転子です。神経支配は腸骨筋が大腿神経(L2・3)、大腰筋が腰神経叢の前枝(L2・3)であり、作用は両筋ともに股関節の屈曲となります。

かなり深部に位置する筋であり、腸腰筋自体のボリュームもさほどないため、触診は難しいです。

その中で、個人的に意識している部分としては、腸骨筋は小転子に向かう中で、鼠径靭帯よりも遠位部で筋腹が残っていますが、大腰筋は鼠径靭帯を過ぎると腱になります。ですので、鼠径靭帯より近位で触るか、遠位で触るかで腸腰筋を触り分けるイメージを持っています(直接的には触れられません)。鼠径靭帯よりも近位で触る(腹部から)場合、腹大動脈などの脈管系にはご注意下さい。

また最も目安となるのは大腿動脈と縫工筋です。腸腰筋は大腿動脈の外側、縫工筋の内側に位置していますので、スカルパ三角(鼠径靭帯・縫工筋、長内転筋)のイメージを持ちつつ、大腿動脈の拍動、縫工筋の筋収縮を利用して触れにいくと分かりやすいかもしれません。

続いてこちらは腸腰筋の作用を表したものです。腸腰筋の作用は股関節の屈曲であることを上述しましたが、実は腰椎の前弯(骨盤の前傾)作用も有しています。

上図の左側は腰椎を固定、右側は大腿骨を固定(画鋲で止めている部分)しています。よくリバースアクションと言ったりもしますが、起始部(腰椎)が固定されると、停止部が起始部に近づいていきますので、股関節は屈曲します。一方で、停止部(大腿骨)が固定されると、起始部が停止部に近づいていきますので、腰椎が前弯(骨盤が前傾)します。

このように腸腰筋は股関節の屈曲のみならず、腰椎の前弯にも関与しています。これはThomasテストを想像して頂けると分かりやすいです。

Thomasテストは腸腰筋の伸張性低下を反映するものとして知られていますが、一側の股関節を屈曲させた際に、反対側の股関節も屈曲する様子が観察されると陽性という判断になります。

このような陽性所見がなぜ起こるのかを言語化してみると、

股関節屈曲=骨盤後傾

反対側の股関節は伸展が強制される

腸腰筋にゆとりがないと伸展強制に耐えられず、股関節屈曲位へ

こんな感じです。また見た目上は反対側の股関節が屈曲していなくても、腰椎の過前弯にて代償している可能性がありますので、そのあたりも見逃さないようにしておきましょう。

股関節からみた腸腰筋の作用

上述したように股関節からみれば腸腰筋は屈曲作用を有しています。

しかし、少し細かな話をするとそれだけではありません。

わずかではありますが、股関節の内外転、内外旋にも寄与しています。あくまで"わずかに"ですので、これらの運動を腸腰筋を賦活するために用いるのは非効率的だと思います。ただ屈曲運動に合わせてこれらの運動を加えることはさらなる効率化に繋がるのではないかと考えています。

例えばこちらの報告⇓

つまり大腰筋を賦活したい場合は、屈曲に内転運動を追加すると、効率性が高まる可能性があります。個人的には端座位にて骨盤中間位を保ちつつ、股関節屈曲位から内転させるようなエクササイズをよく用いています。

また腸骨筋についてもこのような報告があります⇓

腸骨筋は大腰筋に比べて初期屈曲に作用する筋であることが分かります。

教科書上では「腸腰筋=股関節屈筋群」と記載されていることが多いですが、臨床ではここをさらに細分化してみていけると運動療法の幅も広がるのではないかと考えています。

腰椎からみた腸腰筋の作用

ここまで腸腰筋の作用について様々な報告を基に綴ってきましたが、今回最もお伝えしたい内容は大腰筋が腰椎へもたらす影響です。先程リバースアクションについても上述し、大腿骨固定下であれば、腰椎前弯作用をもつとお伝えしました。しかし、実はこの理解だけで腸腰筋を賦活してしまうと、ものすごく危険です。

こちらの報告をご覧下さい⇓

おそらくこの文章だけで何が危険かがある程度お分かりになるかと思いますが、端的に言うと円背症例に対して、その姿勢のまま大腰筋を賦活してしまうと、かえって円背を助長してしまう可能性があるということです。円背の助長どころか場合によっては、腰椎の前方へのせん断力が増加し、圧迫骨折に引き金にもなりかねません。

実際に運動学的にみると⇑のような形で大腰筋が働きますが、円背などでは腰椎の上位が後弯し、筋が前方に位置してしまうため、屈曲方向に引っ張ってしまうということになります。

そのため、こういった症例に対しての賦活方法は一度考え直す必要があります。ある程度の脊柱の可動性が保持されており、他動的に腰椎の生理的な前弯が保てるのであれば問題ないのですが、拘縮してしまっている例ではその部分の改善から始めなければいけません。介入の順序が本当に大切になってきます。

またその他にもこのような作用も報告されています⇓

先程の股関節からみた作用同様に、腰椎からみても前額面、水平面上での作用があります。こういった報告をみると、大腰筋は股関節よりも腰椎の安定性に寄与している筋だと捉えることもできるかと思います。

このようにヒトが直立二足姿勢を取れているのは、大腰筋の筋タイプによる可能性もあり、やはり姿勢保持筋として一役買っていることが窺えます。

是非、腸腰筋への介入を行う際は、これらの知識を踏まえた上で、賦活方法など創意工夫して頂けるとよいかと思います。

参考書籍

・北村清一郎,馬場麻人(監修) 工藤慎太郎(編集). 運動療法 その前に!運動器の臨床解剖アトラス,医学書院,2021.
・林典雄 et al. 運動器疾患の機能解剖学に基づく評価と解釈 下肢編,運動と医学の出版社,2018.
・建内宏重. 股関節〜協調と分散から捉える,ヒューマンプレス,2020.
・斉藤秀之 et al. 極める変形性股関節症の理学療法,文光堂,2013.