広背筋の機能解剖

広背筋の基礎知識

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広背筋はこれだけ大きく胸背部後面を覆う筋であり、下位胸椎以下の棘突起、腸骨稜、下位肋骨、肩甲骨下角の4箇所から起始しています。

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こちらは肩関節周囲の各筋の筋付着部を色付けしたものです。あえて広背筋と大円筋のみ筋名を表記しておりますが、両筋とも起始停止部が近似していることが分かるかと思います。この肩甲骨下角〜小結節稜という走行が肩関節にとって物凄く鍵を握っています。

もう少し深ぼってみると、広背筋は肩甲骨下角を超えた後、大円筋の腹側へ回り込み、小結節稜に向かうにつれて合一し、共同腱という形で停止します。

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また広背筋と大円筋は共同腱とはなるものの、メインとなる作用は両筋で異なるため、この腱下包によってそれぞれの筋は個々で滑動できるような形になっていると考えられます。

広背筋の作用【肢位別】

上述したように広背筋の作用は肩関節の内転、伸展、内旋です。ただこれだけ多くの起始を持ち、複雑な走行をしていることから、肩関節のポジションによって各作用への寄与率が異なります。

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こちらはあくまで各ポジションでの広背筋の張力をイメージ化したものですが、まず肩関節下垂位では広背筋は弛緩しておりますので、それほど強い作用を有していません。広背筋が本領発揮するのは挙上位で緊張が高まっているときです。

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外転位では内転に、屈曲位では伸展にそれぞれ作用します。筋収縮の誘導やストレッチの際に理解しておきたいところです。

大円筋との鑑別方法

広背筋は肩関節屈曲位で伸展作用を有するということは、肩関節の屈曲制限となりやすい筋です。

※ちなみにこれだけお伝えすると、肩関節にとって広背筋が悪者扱いされそうですが、広背筋や大円筋は肩関節屈曲時の上腕骨の挙上、外旋という動きに拮抗し、主動作筋とカウンターバランスを保ちながら協調して活動していますので、必要な筋です。

上述したように大円筋も広背筋と似た走行をしていることから、屈曲制限の原因となりやすく、臨床ではどちらが屈曲制限を生み出しているのかを見極めなければなりません。

そこで再度着目したいのが、広背筋の走行。肩甲骨下角から起始する線維ではなく、下位胸椎以下の棘突起、腸骨稜、下位肋骨から起始し、胸背部後面を覆っている部分。

この部分から起始するということは、広背筋は脊柱のアライメントによってその緊張状態が変化します

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脊柱が後弯すると広背筋の静的張力は強まり、前弯すると弱まります。

一方で大円筋は脊柱のアライメントにそれほど状態変化を受けないため、この違いを利用すれば制限因子がどちらなのかを鑑別することが可能です。

方法は至ってシンプルで、

①骨盤中間位(脊柱生理的弯曲保持)での肩関節屈曲
②骨盤後傾位(胸腰椎後弯位)での肩関節屈曲

これを行うだけです。①よりも②での可動域制限が出現する場合は、広背筋の静的張力が影響していることが考えられるため、広背筋の伸張性低下を疑ってよいと思います。臨床上はきちんと骨盤を操作するために、側臥位での評価が望ましいです。

肩甲骨上方回旋制限との関係

広背筋は伸展作用を有するために、肩関節の屈曲制限になることはここまでの話でお分かり頂けたかと思います。しかし実は、上方回旋の制限ともなり、結果的に屈曲制限に繋がるということも考えられます。

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本来、肩関節屈曲時には肩甲骨下角が広背筋と胸郭の間で外側へ移動(上方回旋)しますが、下角を覆いかぶさっている広背筋の伸張性が低下していると、ストッパーとなってしまい、この動きを阻害します。

またここからは私見ですが、肩甲骨下角の厚みと脂肪性結合組織の影響も少なからず影響するのかな?と思ったりもしてます。

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仮に肩甲骨の下角から起始する線維が30mm程度の厚みを持っていることを想定すると、浅層部を圧排しやすくなり、浅層部の広背筋の静的緊張は高まりやすくなることが考えられます。さらにはその間に存在する脂肪性結合組織自体の柔軟性も低下し、広背筋自体の滑動性の低下につながり、結果的に屈曲制限や上方回旋制限となって表出される可能性もあるのかな?とか考えたりしています(※あくまで個人の見解です)。

スクリーニングとしての広背筋テスト

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※肘の下から鼻や顔が確認出来ない場合、広背筋の伸張性低下が考えられる(※胸郭の柔軟性も含む)。

先程、大円筋との鑑別方法に記しましたが、こういった評価も存在します。しかし、広背筋単独の評価とは言えないため、肩関節疾患のスクリーニングとして有用だと思います。座位や立位でサクッと行えるのは強みです。個人的には、投球障害肩症例ではマストで確認しています。

起始部のバリエーション【補足】

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このように一部破格例が存在します。上述した厚みの話もそうですが、こうした破格例がいるという面持ちで臨床に望みましょう。特にエコーではこういった違和感を覚える場面も多いかも知れません。

参考書籍

・林典雄.運動療法のための運動器超音波機能解剖 拘縮治療との接点,文光堂,2015.
・Joseph E. Muscolino. Dr.マスコリーノ Know the Body 筋・骨格の理解と触診のすべて,医歯薬出版,2014.
・北村清一郎,馬場麻人(監修) 工藤慎太郎(編集). 運動療法 その前に!運動器の臨床解剖アトラス,医学書院,2021.
・青木隆明(監修) 林典雄(執筆) . 改定第2版 運動療法のための機能解剖学的触診技術 上肢,メジカルビュー社,2011.
・河上敬介 et al.改訂第2版 骨格筋の形と触察法,大峰閣,2019.
・菅谷啓之 et al. 船橋整形外科方式 肩と肘のリハビリテーション,文光堂,2019.
・林典雄(監修) 赤羽根良和(筆者). 肩関節拘縮の評価と運動療法,運動と医学の出版社,2013